NO WORDS,NO TIME ~空に落ちた涙~ 13.1.25 東京グローブ座 

NO WORDS。言葉がない世界は、なんと自由なんだろう。
この自由を勝ち取るため、彼らはどれだけの時間を使ったんだろう。
彼が登場した瞬間から、この舞台は彼らのものではなくなる。
彼らが勝ち取った自由を、どう楽しもうと、オーディエンスの自由。
1月25日。NO WORDS,NO TIME ~空に落ちた涙~を見てきました。
思い込みだけで書いています。ネタバレにふれずには書けませんが
よろしかったら、ぜひどうぞ。

ラウンドする客席。東京グローブ座での観劇は久しぶり。
ステージ中央には、2枚の背の高い枠、下手に、一人用の机と椅子。
どこにもでもある、ゆえに、どこにもない世界。
現実的なのに、現実離れしたステージと客席の境界線が曖昧。
東京グローブ座は、不思議な箱。

開演のベルはならなかった気がする。
音楽が流れることもなく、彼の登場を、わたしは見逃してしまっていた。
下手サイドから(だったのかな?)客席を歩いて、家へと向かう。
ダークなスーツの肩には、疲れが。
ひとり住まいの部屋にたどり着き、ひとり食事をして、
朝が来れば、また食事をして、会社へと向かう。
そんな繰り返し。

ステージ中央にあった2つの枠は、窓でした。
東山さん演じる男。言葉がない舞台では、呼ばれる事もないため
名前もわからない男が、窓を開けると、車の騒音が入ってきます。
言葉はないけど、音はある。

幹線道路に近いマンションなのかな。
車の行きかう音を聞いて、不愉快そうに窓を閉める。
ベランダに出るでもなく、空気を入れ替えてるわけでもなく(?)
男は、何度か(毎日って事かな?)窓を開けて、騒音に眉をひそめ、
窓を閉める事をする。窓を閉めると、騒音がやみ、部屋がまた無音になる。

NO WRODS。そのまま言葉がない…との解釈もある。
見ているうちに、言葉がないのは、拒否しているんだ…と思えてきた。

エッフェル塔は「なに色?」と聞かれて、すぐに色が思い浮かばない
パリを訪れた時に、ガイドさんがそんな説明をしていた事を思い出す。
何色とも言えない色をまとったアンサンブルさんたちが、
音のない世界で踊っている。
男の悲しみ?涙?そんな過去の欠片たち。
悲しみ、あきらめ。なにものかへの憤り。自分への…かな?を表現する
東山さんのダンスは、つきささるような鋭さを持っていました。

砕け散った心と時のかけら(アンサンブルのみなさん)たちが
男の悲しみの深さを物語っているんですよね。

朝が来れば、また電車に乗って、会社へと向かいます。
窓をカタチ作っていた枠が、電車へと変わるのが、おもしろいですよね。
聞きたくない音を遮る窓。男は、窓を閉め、音を遮断する事で安心する。
会社へ行かなければならない…という気持ちが、男をささえていたのかな。
ただの惰性だったのかな。

電車に乗り合わせるのは、グレーのスーツを着込んだ会社員たち。
グレーのスーツって、個性を封印するんだね。
仕事仲間(なのかな?)ひとりだけ、きれいなバラ色?のスーツの女性。
のびやかなダンスで、仕事ができて、気づかいもできる事を表現してる。

大がかりなセットがなく、枠が窓や電車に、箱が仕事机になるから、
誰か(東山さん)の物語として見る事もできるけれど、
自分の物語として見る事もできるところろが、すごいな~と思いました。

セットがないから、東山さんをはじめとした出演者が、言葉を拒み、
からだだけで表現しているから、読み取りにくいシーンもあった。
過去が語られてるシーンなのか、心象風景なのか、
それとも、異世界に迷い込んでしまったのか…
どれも正解なんだと思う。
どう見ようと、どう感じ、楽しむのかもオーディエンスの自由だから。

通勤の途中で、男は青年に出会う。
田口くん演じる青年は、男になつっこく接するけど、
男は、カレの事がわからないようで。。。

ある日、鏡(これも、窓枠だったもの)を見ると、そこに青年の姿が。。。
てるひは、若かりし頃の自分自身…と思ったけれど、
そうじゃなかったのかもしれないし、それだけじゃなかったのかもしれない。
う…ん。言葉にしちゃうと、なんかつまんなくなっちゃいますよね。

青年は、シルバーグレー(ホワイト?)のスーツを着ていました。
男は、青年のいる世界にひっぱりこまれます。その世界では、
男のスーツがシルバーグレーになり、青年がダークなスーツを着ていました。

ひとり暮らしの男は、自分以外の椅子と子どもの椅子を並べて
車のおもちゃと、バック(だったかな?)のプレゼントを用意して、
大切なふたりを待つんだけど、いつまでたっても帰ってこなくて。

目がいたくなりそうな白いコートの女性が、赤ちゃんを抱いて歩いてきて。
家に帰ろうとするんだけど、どうしても男のもとに帰りつけない…
抱いているはずの赤ちゃんは、おくるみの中にはいなくて。
そっか…赤ちゃんは男の子で、生まれる事なく、
あるいは、生まれてすぐに亡くなったのか・・・。

待っても、待っても、ふたりは帰ってくる事はなかった。
その悲しみを踊る男のダンスは、きれいで、それゆえ悲しかったです。

車の音におびえる男。妻と子どもは自動車事故で亡くなったのかな。
言葉はないけど、音はあり、男のため息が、やけに大きく響いてましたね。

青年と女性の団らん(同じ机についている)には、子どもの椅子はありません。
NO TIME。時が止まってる?時間を拒んだふたりってことなのかな?
そう考えると、田口くん演じる青年は、男の過去とも言えるのかな。
妻を亡くした時に、男の時間は止まり、生きる意味も失われた?

青年は、生まれるはずだった息子…かもしれないな。

男は、鏡の中(心の中?)で、裁判官のような男の前にひきだされ
血で染まった白いコートをつきつけられる。
妻が着ていたコート。これだけ血が流れたなら、命はなかったでしょう。
男は、妻と息子の死は、自分のせいだと思ってるような?
鏡の中の世界は、男の両親呵責が創り出した世界でもあるのかな。

追いつめられる男の苦しみを踊り倒す東山さん。
こんな表現をしていいのわかりませんが
悩み、苦しみ、やつれた男は、哀しく、綺麗で、残酷なまでにセクシーでした。

錠剤を大量に飲む男。
精神のバランスを欠いて、眠れなくなってたのかな。
あるいは、ひとり残された世界に、もういたくはないと思っての事だったのか。

青年に誘われた世界は、死の狭間で見た幻影だったのかもしれないし
ファンタジーの世界ととらえてもいいンだと思います。

そっか…黄泉の入口か。NO TIME 時間がない、生が終わった者が来る場所。
男を裁こうとしていたのは、閻魔さまってこと?
そうだ。大きな棍棒を、何度も地面に打ち付け、鳴らしていたっけ・・・
生きるものの世界へ。男を押し戻そうとする、妻と青年。
そして、男を呼ぶ、バラ色のスーツの女性。
その女性の呼びかけに、男は息を吹き返す。蘇った。そうだ、きっとそう(笑)

白いコートを来た妻も、男に抱かれる事もなかった男の子(青年)も、
男の一部、つらい過去の記憶だったのかもしれない。
生きるつらさに負けて、妻と子どものいる死の世界に行きかけたけど
つらい過去を乗り越え、思い出とする事ができた。

あのバラ色の女性と、もしかするとこの後、一緒に歩いていくことになるのかな
いや。女性のカタチはしてたけど、特定の誰かではなく
”生”の、あたたかな未来の象徴だったのかもしれません。

家族を亡くし、時間を拒み、絶望の淵にいた男が、生きる気力を取り戻すまでを
NO WORDで描いた舞台。
ひとは、人生と言う舞台から降りる事はできません。
踊り続けなければならない。must go on.

お芝居が終わった直後は、なにがなんだかわからなくて、
ぼんやりとしてしまいました。
東山さんのダンスは、カッコよかったなぁ~正直、感想はそれだけでした。
少しずつ時間がたつにつれて、誰の中にも止めてしまった時間があり
封印したい記憶もあるけど、それを抱えて生きていかなきゃいけないんだ
そんな事を言いたかったのかな~と思うようになっていきました。

もちろん。わたしが、そう受け取っただけで
演者が伝えたかった事は、違うのかもしれません。
でも。見終わって、前を向かなきゃ…と思えたんだから、
それだけでも、この舞台を見て良かったって思います。

沈黙はおしゃべりですね。
説明されることなく、自分流に感じ、勝手に考えた舞台。
できるなら。4人の登場人物の服装とその変化に、もう少し気をつけて
もう1度見たいな~と思いました。

舞台を見ることは、ある意味「No Time」を作り出す事でもありますよね。
日常の時間を止め、非日常の世界で遊ぶ。
それだけでもいい。

話の流れを追ったり、作り手が言いたい事を拾おうとしないで
ダンスのすばらしさと、重かった空気が暖かくなっていく感じとか
それだけ楽しむのもありかな~
観劇マナーはあるけど、見方に約束事なんてないんですものね。

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