長野は奈良ににてる?

2年前のKinKi youな夏、剛くんは、そう言ってくれた。
確かに。山に囲まれた長野(市)は奈良ににてると思う。
でも、木曽は、やっぱり山の中で。盆地ではなく、谷。
緑と緑と緑の木たち。いろんな緑薫る木曽を歩いた。
福島宿の代官屋敷で会ったのは、きれいなきれいな…
屋敷を守り、村を守っていたおキツネさんでした。

2002年の夏。てるひの実家は、海のそばの関所ある街から
山の中、木曽谷の関所のある街に移りました。
あの夏の日から、長野の観光地を巡り、温泉にも入ったのですが
実家のある木曽福島をじっくり見る事は、あまりなかったんですよね。

6月最初の週末。1月の大阪遠征の前に帰省して以来、半年ぶりの木曽路。
父が、公道で車をよけようとして転倒し、左肩を骨折してしまったので
お見舞いと手伝いのつもりで帰省したものの…
猫の手はいらないようだったので(笑)ぶらり街を歩くことにしたのでした。
画像
観光バスが2台止まっていたので、立ち寄ってみたのが山村代官屋敷。
山村家は、代々、木曽福島の関所を守っていた家だそうです。
屋敷の中には、参勤交代の折に饗されたご馳走や、当時の打掛などが飾られていました。

画像代官屋敷の庭です。
この庭の一角、屋敷の門を入ったすぐ右手に、稲荷神社がありました。
この屋敷をずっと守ってきたおキツネさんが祀られているそうです。

運がイイ事に、はとバスツアーの方たちに混ざる事ができたので
屋敷の説明も聞く事ができたし、稲荷神社のご神体でもある、
キツネのミイラさんに会う事もできたのでした。

ご神体のおキツネさん。254年ほど前のミイラだそうで、
140年前(だったかな?)に発見されたんだとか…
南を向いて、左半身をこちらに見せて、安置されていました。
ぴんととがったしっぽ。白い歯もきれいに残っていました。

稲荷神社のご神体が、ほんもののキツネさん、キツネのミイラなのは
ここだけだそうです。

この代官屋敷の軒下に住み着いたキツネは、
良い事のある日の朝には、高く、明るい声で鳴いて、吉兆を知らせ
良くない事が起こる日の朝には、低く鳴き、村人たちに注意を促したそうです。

代官屋敷の軒下で寿命を終えたキツネの亡き骸は、100年後の明治時代に
屋敷を解体した折に、ミイラ化されて発見されたのだそうです。
左半身は綺麗ですが、右に倒れていたらしく、右側は損傷しているンだとか…

5月には、飛鳥・石舞台を見てきたのですが
蘇我馬子の墓ではないか?…と伝承されている石舞台の名前は
女性に化けたキツネが、その上で踊ったと言う言伝えに由来しているそうですね。
石舞台もキツネ。木曽でもキツネさん。
屋敷の庭でも、満月の夜には、美しいひとのカタチをとったキツネが、踊っていたかもしれないな~なんて。

画像日曜の夕方。1日に1本だけの千葉行特急で帰ってきました。
その時に食べた駅弁です。
月見五味めし…ゆで卵が月なのかな。五目飯が薄味で、量多めでした。
五目めしとか釜めしって、おいしいけど、おかずが好くないですよね。
お弁当の包み紙に「4月10日は駅弁の日」と印刷があって、
嬉しくなったので載せてみました。

長野から戻ってきたら、SHOCKの一般発売の告知が新聞に載ったり
今年も薬師寺でやっちゃうの?na告知があったり。
薬師寺さんは、秋から国宝の東塔が解体修理されるそうで、
今、東塔の内部の拝観ができるんですよね。
母が見たい…と言ってたけど。てるひも見たいです。
デモ。7月は無理だよ、どう考えても(涙)

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