ジュリエットに憧れるか?

なぜ悲劇のヒロインになりたがるんだろう。
ハッピーエンドの方がイイに決まってるのに…
でも、ハッピーエンドってどうなんだろう?
その幸せは、ずっと続くんだろうか?
今、ドラマ『小公女セイラ』に、ちょっとハマってる。
マリーアントワネットに憧れ、ジュリエットになりたがった少女。
平成の時代に、そんなんあり?が満載のこのドラマ。レビューでも感想文でもなく、話そうとしてるのは11月7日放送分ですが、良かったらどーぞ。

バーネット作の『小公女』は、大好きで、何度も繰り返し読んだなぁ。。。
残念なことに、その本は、今はわたしの手元にはないので、
今すぐには読み返すことはできないけれど。
確か…原作の小公女セーラは、小学生だったはず。
大富豪の娘で、お父様とインドで暮らしていたけれど、
イギリスの寄宿学校に編入することになって。。。

その学校には、いろんな年齢の生徒がレディとなるべく学んでいたっけ…
何年(?)かして、お父様が事業に失敗し、失意のうちに亡くなってしまう。
学校で最高待遇を受けていたセーラは、生徒の身分さえも奪われて
屋根裏に住んで、女中さんとして働くことになっちゃうんだよね。

ドラマ『小公女セイラ』は、名作『小公女』の再話のようなものなのかな
時代設定は、現代の日本。ここに、かなーり無理がある(笑)
わたしは、1話は見ていないので、使用人姿のセイラしか見ていないけど
学校に行けなくなって、生きてくために、使用人になった
…と言う事は、義務教育中ではないわけね?
高校生らしい。

そして。ベッキーがいない!
原作には、セーラより少しお姉さんのベッキーという使用人が登場する。
セーラを慕い、ささえる大切な大切なお友だち。
代わりに(?)使用人仲間に、同年代のイケメン男子。
ここ、ちょっとありえないよなぁ。。。
レディを育てるための全寮制のお嬢さま学校に、同年代の異性の使用人?
そーゆー色を持たせたいんだろうけど。

肉親の愛も、お金もなにもかも無くしてしまったセイラだけど
亡き母の「女のコはみんなプリンセス」との言葉を胸に
小公女としての誇りを持ち続けていて。
そんなところも、院長先生は気に入らないんだよね。
院長先生は、コンプレックスの塊で、ゆえに目に見えるお金に固執してる。
かわいそうなひと。
寄付金ほしさに、使用人セイラに生徒の格好をさせて、
フランス語のスピーチをさせたりする。

そのスピーチで、理想の女性をマリーアントワネットだと言うんだけど
マリーは、その無知ゆえに国を傾けた罪人なのに…と腐ったおとなのわたしは、思ってしまった。
どんなひどい境遇に置かれても、誇りを忘れなかったから…だそうだけど
フランス王妃の誇りがあったら、あんな勝手な事できなかったはず…
原作に「マリーアントワネットを敬愛している」なんて話はあったかな?
読み返してみなきゃ(笑)

やっと本題です(苦笑)
学院では、毎年、生徒たちの手によって「ロミオとジュリエット」の公演が行われいて。みんな、ジュリエット役に憧れてるわけで。
セイラいじめの中心になってる生徒が、ジュリエットを演じる事になるんだけど
この子、実はかなりかわいそう…と言うか。
ほとんどの生徒は、表面上だけ彼女にあわせてるだけ。
生徒でなくなってしまっても、元同級生たちの多くは、セイラを慕ってるし。

いじめっこちゃんが、本番直前に病に倒れ、
セイラに代役が回ってきそうになるけど、セイラの看病のかいあって?
ジュリエットは舞台に立つ事が出来て、無事、お芝居の幕が下りる。
観客の保護者、関係者たちがホールを去った後で
セイラが、たったひとりの観客・使用人仲間のケントくんのために
たったひとりでジュリエットを演じる事になるんだけど
ここで、てるひは、恥ずかしくも?泣いてしまったんですよね。

電気もみんな落とされて、真っ暗闇の中で演じ続けるセイラ。
ロミオに先に逝かれてしまって、途方に暮れるジュリエットが、
ロミオの腰の短剣を見つけて、喜び、短剣の切っ先を、自分の胸へと向け
「ここがお前の鞘。ここで錆ついて、わたしを死なせておくれ」
いつか聞いた(笑)セリフと、まじってますが、ご愛敬ってことで。

てるひが、毎年、楽しみにしている舞台があるのですが
その舞台の、2010年の再演が決まりました。3ヶ月で100公演ですって!
ショービジネスの世界で生きるエンターティナーたちの物語なので
劇中劇、劇中ショーが満載の舞台なのです。
劇中で演じられるシェークスピア悲劇の一つに、ロミオとジュリエットがある。
てるひは、その舞台の劇中劇のジュリエットを見て、泣いた事ないんだよね。
大好きな舞台俳優さんが、ロミオを演じるせいかな。
ジュリエットの悲しみと喜びを、理解しようとしてなかったかもしれないな~と。
セイラのジュリエットを見て、思ったのでした。
ロミオとジュリエットの主役は、ロミオじゃないんだね?

来年の舞台(見に行けると信じて)劇中で、ロミオとジュリエットが演じられるのか
わからないけれど、原作を読み直してから、舞台を見に行こうと思った。
で。どんなにロミオ様が素敵でも、ジュリエットを見よう…と。
できるかな?(笑)

脱線しましたが、まず『小公女』を読み直したいな。図書館、行かなきゃ。
セーラは、マリーアントワネットに憧れたりしたのか?知りたいし。
日本人は、けなげな主人公として描きたがるけど
原作のセーラは、お嬢さまに戻って、自分につらくあたった人たちを赦したか
違った気がするんだよなぁ。。。

今、名作のリメイク、再話が流行ってますよね。
12月には『フランダースの犬』の日本版も映画化されるけど
原作のネロは、思いあがったりしたこともあったのに、日本ではカットされてるし?
被昇天は、キリスト教信者でなければ、その喜びも理解できないですよね。
だから『フランダースの犬』は、日本人には哀しいだけの物語になってしまってる。
あ。でも、この映画、ちょっと興味あるんだよね。
この被昇天を、どう描いてるのか…とか
ルーベンスの名画の代わりは、なんだろう?…とか。

う…ん。最初に書きたかった事とは、全く違っちゃったけど
ジュリエットのように、あるいは、マリーのように生きたいと思うか?
それを考えたかっただけなんだけど。
マリーアントワネットには憧れないな。
ジュリエットのように生きたいとも、いや死にたい…とも思わない。
だって。後を追ったとして、ロミオを見つけられるか…保障はないわけだし。

昨今の名作再話傾向に歯止めをかける、新しく、みずみずしい物語の登場を
心から願っています。
…と言う事で?最近、活字と音には飢えてるけど、映像にはあまり心動かなくて。
LIVE DVDは、まだ全部は見終わってません(誰にいってるんだろ?)

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