思いも景色も時間も描き出す。ぼくの名前はズッキーニ 21.3.11 昼

6歳だった。膝をかかえて座る心細さも、声を限りに泣き叫ぶ姿も。
野菜の名前、のろま、愚か。そんな意味のあだ名、ズッキーニ。
ママがつけてくれた。どんな意味でも、だから大切。
3月11日、辰巳雄大くん主演「ぼくの名前はズッキーニ」マチネを見てきました。
近すぎると見えない、気づかない思いもたくさんあると、強く感じた舞台でした。ネタバレしていますが、良かったら、ぜひ。

開演前のアナウンスは女声でした。
「劇場内でのおたばこモクモク、客席内でのご飲食もぐもぐ、ごくごくはご遠慮ください」って言ってた。
「ママ、見に来てくれるかな?」とも言ってたから、キャストの誰かよね。

原作『奇跡の子』を読んでいったのですが、設定が違ってた。
映画上映に合わせて、本の日本語タイトルも、映画と同じ『ぼくの名前はズッキーニ』に改題されたとのこと。
奇跡の子の名前は、へちま。9歳。
舞台の主人公は、タイトル通り、ズッキーニ。6歳。

舞台には、3方向の暗い色の壁だけ。
暗転、誰かが歩いてきた影だけ見えた。明るくなると、そこに背中を見せて立っていたのがズッキーニ。
正面の壁に歩いて行き、なにかを書き始めました。
ピストル。それと、放たれた銃弾の軌跡。

小説の冒頭のへちま(ズッキーニ)も言っています。
「ぼく、お空を殺せなかった」
ママが大嫌いだったお空を殺そうと、空に向けてピストルを撃ちます。
お空を殺せば、やさしいママに戻ってくれると信じて。
ママが止めに入り、気づくと、ママは倒れていました。眠ってしまったのか、ママは、待っても待っても、起きませんでした。

警察官のレイモンが「みんなのいえ」に、ズッキーニを連れて行きます。
登場人物は、自分の名前や、セット、例えば、パトカー、例えば、みんなのいえ(児童養護施設)の絵を描いていきます。
ズッキーニは、ビールばかり飲んでるママも描いてたね。

ズッキーニは、ルームメイトのシモンと大げんかします。やり合ったことで、ふたりは親友になります。
シモンはリーゼントで、身体も大きくて、ここのボス?子どもたちの秘密も知っています。

泣き虫なアメッドは、すぐにおもらしをします。
刑務所に入ってるパパが、迎えにきてくれるのを待ってるの。
おもらしも床に描いてた。
ロージー先生が来て、おもらしをぬぐってましたね(消してた)
前方のサイドの席だったので、床の絵は、よく見えませんでしたけれど。

男の子は、もうひとり。ジュジュブ。
誰かの気を引くために、痛くもないのに痛いって泣いたり、ケガしてないのに、絆創膏を貼ってと、しょっちゅう言ってる。
シモンに、あきれられてる感じ?

女の子は、ひとりだけ。ベアトリスと壁に名前を書いた。
車の音が聞こえると「ママが迎えに来てくれた!」とかけていくけど、いつもママじゃない。
あっ、この子よね、開演前のアナウンス。

しばらくして、おばさんに引きずられるようにして、女の子が、みんなのいえにやってきます。
その可愛さに、ズッキーニの目は釘づけに。
可愛い!近づきたいけど、近づけないジレンマで、スローモーションみたいな動きになっちゃってるズッキーニ。きみの方が可愛い!
一目で、大好きになっちゃった女の子。カミーユです。

カミーユのおばさんは、悪い魔女のような人。
掃除などの家事をさせて、うまくできないと、ご飯も抜き。
カミーユのママを、さんざんバカにします。きたない言葉で、カミーユもママのようになるに違いないと言い募ります。
でも、オーディエンスにはわかったでしょう。おばさんの身なりや、口ぶりから、おばさんの方こそ毒婦、魔女だと。

舞台には、小さな箱椅子のようなものが、いくつか置かれていました。
そこに座って、動かない人たちがいます。こちらに背を向けてる人もいた。
話の輪に加わっていない人だったり、部屋のドアの向こうにいて、様子をうかがっていたり。そんなシチュエーションもありました。
うーーん。うまく説明できないけど、登場人物も背景にしてた。そんな感じでしょうか。

ひとりの人物の激情を、3人で演じたりもしてました。
カミーユのおばさん、魔女感、ましまし。怖かった。

アメッドのパパが会いにきた時の演出もおもしろかったかな。
今のパパには、思い出の中のパパの面影が全くなくて「パパじゃない」と言うアメッド。
その時のパパも、複数人で演じていて、顔が見えにくいようにしていました。

カミーユとふたりっきりの、秘密のお出かけ。
寝っ転がってて。カミーユのまわりに、ズッキーニがお絵描きするんだけど、残念ながらよく見えず。
草なのかな? 寝っ転がってたし。

レイモンが、ズッキーニとカミーユを遊園地に連れて行ってくれて、息子のヴィクトルを紹介します。
壁に、観覧車などの絵が描かれました。
せっかく行ったのに、なんと遊園地は休園日。
でも、そこは、カミーユの、パパとママとの思い出の遊園地でした。
楽しい時間を思い出すって、いいですよね。

立ち入り禁止になっているズッキーニの家に、こっそり忍び込むシーンも好きでした。
ママがいつも座ってた椅子に、ママはいない。
部屋は、あの日のままだけど、ママがいない。
ズッキーニは思い知るのです。そして、泣き叫ぶ。涙が見えるような演技でした。すごかった。

お空を殺せなかったあの日。
ママを撃ってしまった。ママは動かなくなり、そして。
「おこした(ママをピストルで撃つ)のではなく、おきてしまっただけだ」
レイモンのセリフがおぼろげなのですが、お空は殺そうと思って撃ったけど、ママのことは撃とうとしたんじゃない。事故なんだよって意味かと。
もう一度、しっかり聞きたいセリフです。

レイモンは、ズッキーニと家族になりたいという思いを口にします。
息子がひとりいるのに、なぜ? 不思議でした。
レイモンは奥さんを亡くしています。ウイスキーを飲むこと以外、なにもできなくなってしまった過去を回想のかたちで演じます。
ヴィクトルは、パパを元気にしようと頑張った。
この回想シーンを見て、レイモンは、ズッキーニに同じなにかを感じたんだろうと思いました。
息子とも仲良くできるだろう。家族になりたい。そう思ったんじゃないかな。

ズッキーニがレイモンと家族になり、みんなのいえを出て行く事が決定します。
親友がいなくなる。自分だけ、ここから出られない。
シモンは暴れます。涙を壁に描いていく。号泣してるんだね。
涙を消していく。ぬぐってくれてるのは誰? シモン自身? 先生?

なぜか……ズッキーニだけじゃなく、カミーユも一緒に行くと言うのです。
驚くズッキーニ。
いや、見てるわたしの方こそ驚いたよ。な、なんで?

ズッキーニ、シモン、カミーユ。ママもパパもいない。迎えにきてくれる人なんて誰もいない3人でした。
通じ合うものがあった3人。その中のふたりが、同時に、一緒の家に引き取られ、シモンひとりが、みんなのいえに取り残されるのです。
絶望感、喪失感は半端なかっただろうな。
ズッキーニがカミーユを好きってことが霞んでた。
シモンの思いを描くために、ふたり一緒に引き取られるという演出なのかと思わせるほどでした。

シモンは、6歳のふたりが、ここにいた印を壁に刻みます。
そして。おとなになったシモンが、みんなのいえを訪れるシーンも描かれました。
そう! 子どもを引き取るために来たのです。
涙がシモンを強く、やさしくしたんだね。

辰巳くん、ごめん。
このシモンのシーン、1番、感動した。

21.3.11ズッキーニ.jpgセットや物語の進行を絵に描いていく。おもしろい演出でした。
おとなが、6歳の子どもを演じる上で、人物を輝かせ、助けにもなっていると思いました。
理解できなかった流れもあるし、ズッキーニが好きになるカミーユに、魅力を感じなかった。
床に描かれた絵も見たいし、もう一度見たいと思いました。
 
ほんと見てよかった舞台でした。それだけ言いたいだけの観劇日記に、最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント