入院日にドームコン当確、手術日にはSHOCK製作発表

毎年恒例となった大阪と東京での冬のコンサート。
11月14日に、当選確認ができるようになりました。
その日に開く気がしていたので、お友だちには伝えてありました。
当選確認、その日にはできないかも……と。
14日。その日は、てるひの入院の日でしたから。
このblogは、KinKi Kidsの事にからめながら、病気の話をしています。
病気メインになりますので、それでも良かったら、ぜひどうぞ。

20周年に向かう、光一さんの38歳のお誕生日コンだけは
東京ドームでやってほしかった。
わがままなてるひの思いは、叶うことはありませんでした。
手術後の遠征は、難しいだろうと思ったからです。

11月14日は、黄色のスーツケースを転がし、ひとり病院へと向かいました。
病棟2階のラウンジは、入院患者と家族でごった返していました。
相方は、執刀医の説明がある1時までに来る予定になっています。
長野のジャニ友(別名:母)も、来てくれます。

「執刀医の先生からの説明を11時からに変更してもらえないか?」
病棟事務の方から言われたものの、相方は間に合いません。
交渉の結果、説明の時間を後ろ倒しにしていただける事になりました。
こういう事って、よくあるのかな?疑問に思いながら、
薬剤師さんと話したり、口腔外科にケアに行ったりもしました。

2:30少し過ぎた頃でしょうか。執刀してくださる先生のところへ。
主治医のM先生改め、たまちゃん先生の上司にあたるS先生です。
ところが……おたずねした部屋には、違う先生のお名前がありました。

手術内容の確認は、予定通りなので、うなずくだけでした。
乳房温存手術とセンチネルリンパ節生検。
先生は、センチネルリンパ節の意味をてるひにききました。
見張り。乳房からこぼれた悪性細胞が、最初にたどりつくリンパ節。
そこに見つからなければ、その先のリンパ節へも転移はないと考え
腋窩(わきの下)リンパ節郭清は省略する。
術前の検査で、わきの下にはしこりはありませんでしたし
わきを切ることはないと、もちろん思っていました。

その後示された数字……ER(エストロゲン受容体)は、8の満点。
でも、それを動かす(?)PgR(プロゲステロン受容体)が、0???
正直、なにが問題なのか、その時はよくわかりませんでした。
女性ホルモン感受性のあるタイプじゃなかったの?
手術後の補助療法としては、乳房温存手術を受けるため放射線療法と、
女性ホルモン感受性乳がんのため、ホルモン療法を行う。
それで、いいんだよ……ね?

先生から、自由診療となる遺伝子検査の提案がありました。
再発リスクを調べるための検査です。
なんのために???
ものすごく混乱しました。どーゆーこと?
遺伝子検査は「受ける」ことにしました。

遺伝子検査……抗がん剤をするのがベターか、マストか、必要ないのか
簡単に言ってしまうと、そのための検査です。
にわかに浮上した、化学療法の可能性に、プチパニック状態でした。
そのあと、先生がどんな話をされたのか、なにを質問されたのか
残念ながら思い出せませんが、
「術後に、放射線も薬物療法も受けるので、わきは切らないでください」
診察室をあとにする際に、そうお願いしたことだけは覚えています。

さてさて。執刀医の先生は、さん様先生とお呼びすることにします。
相方は、さん様先生は、ものすごく信頼できると言いました。
どういう事情なのかはわかりませんが、執刀医が、S先生から
さん様先生に変ったのでした。

その後、主治医のたまちゃん先生に、手術の場所をマークしてもらい
左胸の手術なので、左手の甲にもマーキング。
あわただしくシャワーと晩ご飯をすませて、一息ついたころ、
お友だちからのラインに気づきました。
「てるひちゃんの予想した通りだったね」
ドームコンサートの当選確認が始まっていたのでした。

今まで、確認はタイヘンでしたが、なぜかあっさりつながりました。
今回から(?)ネットのマイページで確認できるようになったからですね。
「12月22日、2枚での当選です。第1希望での当選です」
2日連続、東京ドームに行ける!
23日は、武道館落選の優先枠で、お友だちが当選してくれていましたから。

14日は、あまり眠れませんでした。
朝早くから、たまちゃん先生に、センチネルリンパ節生検のための
注射をしてもらいました。青くなるんですよ、胸が。。。こわっ
めっちゃ痛かった。痛みには強い方だと思うけど、泣いてしまうほどに。
「痛いほど、リンパ節を見つけてくれますから」と、たまちゃん先生。
なにそれ? 笑えないほど痛かったンですけど。

ベッドに戻って、手術しない側に点滴。手の甲にですよ?
昨夜から朝までに、経口補水液を2リットル飲みました。
あとは、呼ばれるのを待つばかりです。

1時30分過ぎ。点滴をころがして、相方と母と、出迎えてくれた、たまちゃん先生に先導されて、手術室へ。
シャワーキャップのようなものをかぶり、7番の部屋へ。
手術台って、せまいんだなぁ~。ライト、クモみたい。。。
麻酔科の女医さんのやさしい声を聞いていたら、
あっという間に意識がなくなりました。

「〇〇さん(てるひのこと)終わりましたよ」
名前を呼ばれ、目をあけると、手術室にあおむけに寝ていました。
時計を見ると、4時40分くらいでした。
手術、長っ。。。そんなにかかったんだぁ~
この後、ストレッチャーに寝かされたまま、病室へと戻りました。
これ、これっ! TVで見たことあるやつ(笑)

病室に戻ると、相方と母、それから、だれがいたかな
あまり覚えていません。
「眠った方がいいから」と、早めに相方と母は帰っていきました。
翌朝までは、ベッドから出ることはできません。エコノミー症候群予防のために、両足をマッサージする機械音だけが響いていました。

ひとりになっても眠れなくて、スマホを開くと、お友だちからラインが
「Endless SHOCK 制作発表! きたー!」
昨日に続き、なんてこったい。
ラインでお友だちたちと会話したり、WSを映像やニュースを探し回り、
スマホのアプリで、翌朝のワイドショーの録画もしました。

初日が2月1日。大千穐楽の3月31日は、いつも通りだけど
その日が1500公演め~とは。秋には梅田、博多座でも公演。。。
来年も、ふぉ~ゆ~は、ふたりずつの出演で、
帝劇出演者の中に、大好きなタツミの名前はありませんでした(涙)
Jr.もかなり変わってる。
タツミが、梅芸、博多座に出演するのなら、行かねばなりません。
早く良くならなきゃ! その前に、KinKiの20周年をお祝いもあります。

放射線治療は年明けからだと、たまちゃん先生は言ってました。
SHOCK初日は、まだ治療中ってことか。。。
放射線治療を受けてから、お仕事に行くひともいるんだから、おけでしょ。

剛くんはライブするかな? 小喜利はあるのかな?
あったらいいな~

起床(6時)直後、看護師さんが、傷を診に来てくれました。
一緒に胸をのぞきこむと、ほとんどカタチが変わっていませんでした。
右手の点滴とお小水の管以外に、もう1本、管がつながれている事に
夜のうちに気がついていたので、看護師さんに聞いてみました。
「管は、みんなはずしてもらえるんですよね?」
「点滴とお小水ははずしますよ。歩けるようならね」
その言葉で悟りました。左側からのびている管はドレーン。
リンパ節を切ったのね。だから、ドレーンが入ってるんだ……と。
かなりの衝撃でした。リンパ節に転移してたってことなのかと。

回診のあと、点滴と足の機械をはずしてもらいました。
ベッドから立ち上がって、足踏みしたら、お小水の管もぬいてくれました。
病室を飛び出し、病棟1階のコンビニに、スポーツ紙を買いに走りました。
ドレーンを病衣のポケットにつっこんで。

わきを切ったということで、少し覚悟をしました。
化学療法をすることになるんだろうか。
SHOCKに行きたいけれど、行けるのかな。
行くなら、いつがいいのかな。

それからは、化学療法の副作用の出方とその時期についてと、
「観劇」というキーワードも追加して、スマホで調べまくりました。
SHOCKの休演日は火曜に入ります。
それをふまえ、体調が良い日を探ろうとしました。
SHOCKは、てるひにとって、見ることがライフワークの舞台です。
何度かblogに書きましたが、millenium SHOCKの前の、MASKという舞台を観ていなければ、今はKinKiファンじゃないかもしれません。
行く。どうしても行く。その一心でした。
笑われるかもしれないけれど、3組、ふたりのアーティストは、てるひの元気のもとなんです。

最後までおつき合いくださり、どうもありがとうございました。
これからも、病気の話をしていこうと思っていますが、
次の記事は、ヲタごと中心、あるいは、ヲタネタのみでいこうかな