食べ尽されたからこその未来『ナイルパーチの女子会』柚月麻子 文藝春秋

共感は、一方通行だ。恋愛と同じ。
こちらが共感したとしても、むこうがこちらにするとも限らない。
ナイルパーチ。淡泊な味わいの、凶暴な肉食の食用魚。
えさになる魚がなければ、友も食う魚、ナイルパーチ。
つい手に取ってしまった青い表紙の『ナイルパーチの女子会』の感想です。

「泳ぎたいな、と思った。」
冒頭の一文に、ひきつけられた。
早朝出勤した主人公の栄利子は、オフィスが屋内プールに似てると感じる。

大好きな場所を、水の中に似てる~と表現する小説をいくつか読んだ。
夕暮れの地下画廊を、海の底に似ていると言った女の子もいた。
わたしも、ライブ会場が海の中みたいだと思う時が良くある。
そう感じた会場でのライブは、たいてい、とても素敵な思い出になる。

一流商社に勤める栄利子は、入社8年めの、30歳の美女。
その美しい生き方を続けるために、実家で暮らしてる。
そんな栄利子は、なぜかダメな奥さんの日常を綴るblogに夢中だ。
エリート商社マンが、なぜダメ主婦blogを?
……と、この設定に疑問を持ってしまったら、読み進められなくなる。

いつも栄利子が、タイムレコーダーのスイッチを入れるという件も疑問だ。
いまどきの一流商社に、タイムレコーダー???
わたしは、タイムレコーダーのある職場で務めた経験がない。
そんなちっちゃな違和感に足を引っ張られつつ、読み進めた。

専業主婦で、子どももいないのに、外食大好きなおひょうこと翔子。
新発売の菓子パンや、大好きな回る寿司のえんがわ、
お気に入りのカフェのことなどをblogのネタにしている。
栄利子は、おひょうのblogの等身大なところ、時間がゆっくり流れているところが良くて、2年も読み続けているという。

同期の男子社員からも、友だちがいるように見えないと言われる栄利子だけど、全く境遇の違うおひょうとは、友だちになれそうな気がする。
なぜって?
おひょうのblogには、友だちの影が全くないから。

blogを読んでいるだけだったら良かった。
家の近くのカフェで、おひょうを見つけた栄利子は、
おひょうの、いや、翔子の日常に入り込んでいくことになる。

仕事帰りに、ファミレスで待ち合わせしたり。
帰り道、翔子の自転車でふたり乗り。
そんなふうに出会い、少しずつ友だちになっていく。
なんか素敵……と思ってしまう。

翔子も、同性への気遣い、距離の取り方がわからなくて、友だちがいない。
一流企業に勤める栄利子とは、住む湖が違うからこそ気軽に話せた。
また会おうの約束も、社交辞令的なものだったのかもしれない。

でも。栄利子は、もう2年も前から翔子を、いや、おひょうを知っている。
そのおひょう、翔子と友だちになれた。そう信じて疑わなかった。
だから、数日間、おひょうのblogが更新されず
メールの返事がないことに、ひどく不安な気持ちになる。
仕事も手につかないほどに。

出勤前、あたりをつけた翔子のマンションに押しかけるという行動に出る。
自分の水に飛び込んできた、獰猛な肉食魚。
翔子の夫は、出会いの日から、栄利子のことを不審に思っていた。
栄利子の行動は、読者の目にも異常に映るんじゃないかな。
人気ブロガーを追いかけ回す、危険なファン?

久しぶりにふたりで食事することになって、うれしいはずなのに
全くかみあわない会話。
blogを読むことで勝手に作り上げていた、おひょう像がくずれていく。
話すたびに、翔子に怖がられ、うとまれ、
わかってほしくて、大量のメールを送りつけたりする栄利子。
まさにストーカーそのものだけど、本人は友だちだと思ってる。
思いたいだけなのかな。

blogの書籍化の話しが出たりして、ブロガーとしの義務だと言われ
書くことがおっくになっていく翔子。

誰にも攻撃されないよう、完全武装している栄利子は、軌道修正が苦手。
相手を自分の形にはめよう、ペースに乗せようと
どんどん相手を追い詰めてしまったり
攻撃したはずが、カウンターをくらい、危ない場所へと追いやられてしまう。
栄利子の言質を取り、徹底的に攻撃するのは派遣社員の真織。
このやりとりが怖い。そして、下品で、目をそむけたくなった。
ふたりの戦いのシーンから、数日間、本を読む気になれなかった。

真織は、栄利子の同期の杉下と婚約中で、お腹には赤ちゃんも。
こんなに強く、キタナクあれるものなんだね。
ほしいものを手に入れるためには。。。

真織の策略にはまり、休職に追い込まれた栄利子は、
ますます友だち(だと信じている)翔子に執着するようになっていく。
おひょうのツイッターから、今いる現場を突き止め、そして。。。
彼女がいたのは、ナイルパーチが見られる水族館。
年下のカフェ店員と一緒のところを押さえられた翔子は、
栄利子のいう”友だち”を演じさせられることになる。

友だちなんだから。
自分がこうだと思う理想を、翔子に押し付ける栄利子。
ともに過ごすうちに、少しずつ翔子に幻滅していくが
やっとできた(と勘違いしている)友だちを、手放すわけにはいかなくて。
とうとう。。。おひょうのblogのアカウントを聞き出し、乗っ取ってしまう。

翔子は、どんどん壊されていく。
助けを求めたカリスマブロガーに、ストーカー扱いされるようになっていく。
栄利子も、壊れていく。

翔子のたった一つの、そして最高の場所である、夫の隣もあやうくなる。
これでもか……と破壊していく黒柚月。
こわいと思うのは、破壊神に共感するから。
そして、共感してしまう自分自身に共感できないからだ。

真織という悪魔に自分の一生を乗っ取られた、杉下は気の毒だが
この真織の存在が、栄利子の崩壊を止めさせる役割を担う。
気が付いた時には、ほとんどのものが壊れ去った後であるが
細い細い、再生の光を、知らず、栄利子は手にしていた。

壊れたかと思われる、夫との復活の兆しもなくもない。
別居中の夫が、倒れた父の見舞いに来てくれた。
再生を感じさせる夫からのメールもきた。
「冷凍庫の中のうどん、これいつから入ってるの? 食べて問題ないよね?」
このメールに嬉しさで体が熱くなったのは、翔子だけではない。
わたしもだ。

栄利子も、翔子も、それぞれに親との距離の取り方を見つけていく。
見つけようと前を向いた……だけかもしれないけれど。

おひょうのblogに栄利子が飛び込んでしまったがために
お互いを食いつくし、作り上げてきた”今”が崩壊した。
blogという湖に放たれたナイルパーチは、自分を知った。
そして、その湖は、おひょうの手によって、永遠に葬り去られることになる。

生きなきゃだめなんだよ。
どんだけ傷ついても。友だちがいなくても。

久しぶりに本のレビュー書いてみました。
女子であろうとする限り、誰もがナイルパーチなのかもしれません。
異種は叩き潰そうとし、同種との距離を考えながら、泳ぎ続ける。
そして。おなかがすけば、同種さえも食い尽くす。

初めての黒柚月でした。
もっと読みたいと思いました。
どんな状況でも再生はできます。
生に迷った時に、開いてみてはいかがでしょうか。

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