生きるための想像力とたくましさと。冬眠する熊に添い寝してごらん。

冬眠する熊とは、なんのことだったのか。
添い寝するとは?
わからない、理解できない=おもしろくない。つまらない。
この公式が成り立たない舞台でした。
おもしろかった。いっぱい考えた。もちろん勝手に(笑)
難解であることが愛しいと思えた『冬眠する熊に添い寝してごらん』の感想文。
添い寝してごらん '14.1.17 の続きになります。ネタバレを多いに含み、
勝手な解釈を書き散らしていますが、良かったら、ぜひどうぞ。

1月17日(金)の昼公演を観劇してから、1週間以上たってしまいました。
途中(…と言っても、ほぼ終わってる・笑)まで書いてアップした記事に
うそでしょ?~と思うほどたくさんの方にお立ち寄りいただき
恐縮しているてるひでございます。

あらすじは、2つ前の記事に、さらりと書きましたが…
舞台は、現代…と言っても、2014年より少しむかしの新潟。
自称・エリート商社マンの多根彦と、射撃オリンピック代表の兄・一。
多根彦は、お兄ちゃんが大好き。
兄・一は、大好き、大好きとなついてくる多根彦のことをあしらい
多根彦も一も、お互いのことを上手に操り、利用している。
そんな関係に見えました。

25歳までに一子を求める…という家訓。
平然と破った兄と、兄の代わりに守ろうと奔走する弟。
弟・多根彦が、家訓を守るための道具としたのが、詩人ひばり。

ひばりがつむぎだす詩が、スクリーンに映し出された原稿用紙のマスを
埋めていく。犬の詩が、これでもか…と、わたしたちに迫ってきます。
ぞっとしました。

蜷川さんだからできた…と思う、すごいこと。
勝村さん演じる、伝説の熊猟師が生きた時間を、
多根彦たちの物語の背景、あるいは、説明、伏線として使っていること。
たとえば、ばばたち。
熊(自然)のすぐそばで生きる、頼母子講を行う。
その不気味なまでの存在感!

勝村さんのひとり語りも、ものすごいです。
熊猟師にとっての犬。
戦友とも言うべき存在です。
そして、熊。
熊を仕留めた猟師は、毛皮、肉はもちろん、その内臓も全て無駄にはしない。
熊は神、神が宿る存在だから。
そして。絶滅を避けるためにも、小熊は、決して狩らない。

熊猟師と熊の関係が、熊の胆を求める富山の薬売りの出現により
少しずつ崩れていく。。。
富山の薬売り。わたしが子どもだった頃、実家にも富山の置き薬がありました。
この物語では、時空を超える存在でした。

現代のひばり(鈴木杏ちゃん)の詩もそうですが、
伝説の熊猟師の語りも、濁流となって観客に迫ってくるのです。
こうでしょ、そう思うでしょ? 
ひばりが流す言葉の洪水の溺れそうにある。
でも、それがイヤでもなく、心地よくて。

唱えられる般若心経を聞いているのも、苦しかったかも。
圧倒的な語りに追いつめられたわたしの気持ちは、
兄に婚約者を寝取られた、多根彦にシンクロしていきました。

大好きなお兄ちゃん。お兄ちゃんの代わりに家訓を守ろうとしたのに
なぜじゃまをしたの?
悩みぬき、精神のバランスを崩した多根彦に
多くの人が同情と共感をしたのではないでしょうか。
わたしも、そんなひとりでした。

人と犬と熊。
犬はひばりでしょう。犬である父に母が犯され、生まれた娘ですから。
ひばりは、自分ば犬の娘であることを知っていました。

人、猟師は、一。
ライフルのオリンピック選手でありますしね。
では、多根彦が熊なのか。
伝説の猟師が森の神である熊とした契約は、
熊と契り、子をなすことだったのではないでしょうか。
一と多根彦は、いや、川下家の子どもたちには、熊の血も流れていた。

兄一に婚約者であるひばりを奪われて、自殺を繰り返す多根彦ですが
7回(だったかな?)死のうとしても、死にきれません。
観劇からしばらくたった今、あれは…多根彦の狂言だったのでは?
そう思うようになりました。
ボロボロで、かわいそうで。
ひばりのおばあちゃんも、そして観劇していたわたしも
多根彦に同情し、一を敵視していくようになっていきました。

なぜ、そう思うのか…ですか?
ひばりのことを愛しているとは全く思えなかった多根彦が
自殺するほど苦しみ、もがき、のたうちまわる事が
なんとなく腑に落ちなかったからです。
お兄ちゃんが好きすぎた…そうかな~と考えもしましたが。

正気をなくした多根彦。
多根彦が兄を責める言葉に、兄の一も精神のバランスを崩し・・・
そして、ライフルで人を撃ってしまうに至ります。

熊の子どもたちは、人の世界にとけこみ、気づかれずに暮らしています。
物語の終盤、回転寿司を食べている人間たちが、
熊の面(?)をかぶりだす、熊になる?戻る?シーンがありました。
熊の血を引く子どもたちは、したげられた階級、庶民の代名詞かもしれません。

熊は冬眠をします。
眠りは死、目覚めは生。
冬眠するあたたかな巣は、子宮のこともさしているのかな~と。
川下家の家訓である、25歳で一子をもうける~は、命をつなげということ。
それをできない者にあるのは死…

熊の血をひく川下家の子どもたちは、どちらかが死ぬ運命。。。
多根彦が、自分が生き残るために謀略を巡らせた…としたら
そう解釈すると、前半の兄とじゃれあう多根彦の無邪気さも
すごくすごく納得がいくンですよね。

多根彦を演じた上田くんがまとっていた狂気に、圧倒されました。
裏切られたかわいそうな弟…と同情を集め、
兄に悲劇の引き金をひかせる。
これも、わたしの勝手な解釈ですが、
上田くんの演技は、かなりのものだったと思います。
狂気を演じることを楽しんでいた。
上田くんもでしょうけど。多根彦も…そうだったんじゃないかな。

大好きだったお兄ちゃんを、自分だけのものにできた。
多根彦は、幸せだったと思います。
一はどうだったでしょう。
オリンピック選手であるというプレッシャーから解放されて
実は、ほっとしたかもしれませんよね。

―百年の想像力を持たない人間は、二十年と生きられない―
このマジナイとも呪いともとれる言葉が放たれた時
一は、熊たちと巣の中へと入っていきました。
自分の罪を悔いて、死のうとしているのかもしれません。
百年の想像力を持たなかった人間の、最期…なのかも?

添い寝してごらん。
傷つき疲れた時には、眠ればいいんだよ。
眠れば、新しい自分に生まれ変われるのだから。

舞台を見て、勝手なことを言う。勝手に解釈して、味わう。
難解な舞台ほど、見る側に自由があると思います。

野にまつられた大仏の顔だけが、犬に変わる。犬仏…
ここは笑うところだったのでしょうか。
ひばりも、自分に流れる血の呪縛から救われました。
そうだ。人は人らしく。自分らしく生きればいい。
失敗して、何度でも冬眠して、また新しく始めればいい。
そんなメッセージを、わたしは受け取りました。

やっと…パンフレットを読めます(笑)
添い寝してごらん。
このメッセージには、狩られるもの、しいたげられる者の気持ちになれ
そんな意味あいもあったとは思います。
舞台っていいですね。自由に楽しみ、自由に受け取ることができる。

自分勝手な感想文に、ここまでおつきあいいただき
ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。

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