約束を守るために『永遠の0』試写会 vol.2

守ることが、とても難しい約束でした。
妻と約束することで、自分自身を奮い立たせていたのかもしれません。
約束した時点では、実現可能な約束だったかもしれません。
でも、戦局は悪化して、そして…
もう少しだけ、映画『永遠の0』の感想を原作も引用して書こうと思います。
『永遠の0』試写会 '13.12.2の続きです。ネタバレを含みますが、良かったら…

おばあちゃんのお葬式で、号泣するおじいちゃん。
司法試験に落ち続け、進路も自分自身も見失っていた佐伯健太郎は、
お葬式のあと、おじいちゃんとは血がつながっていないことを知ります。
そして、ほんとうの祖父である宮部久蔵を知る、戦友たちを尋ね歩くことに。

健太郎役を演じるのが、三浦春馬さん。
原作では、姉に言われてイヤイヤ始めた調査でした。
最初に訪ねた長谷川という戦友に、宮部は臆病者で、逃げるのが上手だと
さんざん言われ、宮部を追いかける気持ちがなえそうになります。

長谷川は、左腕をなくした戦いでも、宮部が乗った飛行機は無傷。。。
腕がなかったことで、長谷川は、戦後もすごく苦労をしたのだそうです。
長谷川は、誰かにやりきれない思いをぶつけたかったのかもしれません。
国がもっと手厚く保護できなかったのか…
日本という国を嫌いになりそうでした。

健太郎がたずね歩いた戦友たちは、みな宮部のことを「臆病者」と言いました。
この流れは映像にされたもので、原作とは少し違っています。
元ヤクザの景浦を訪ねた時に、宮部は臆病者だったと聞いた…というと
景浦に「話すことはない。帰れ」と言われます。
え???
原作で、1番、心ひかれた景浦の登場はこれだけ?
肩すかしをくらったような気分になりました。

末期がんで入院している井崎のもとへ。
原作でも、前半の大きな山となっているところだと思います。
宮部は、パールハーバー、ミッドウェーと戦い、ラバウルへ転属になります。
ラバウルでは、ゼロ戦3機で編隊を組んで戦っていました。
宮部小隊長のもと、2番機が、濱田岳さん演じる井崎、
3番機が、上田竜也くん演じる小山。
過去パートにメイン出演者をふたりおいているところからも、
山崎監督も、ここが、前半のヤマ場と位置付けていた事がわかります。

原作には、つい間違った読み方をしてしまいがちな表現も多くありました。
海軍上層部の読みのあまさ、勝手さに憤りも感じました。
あの時、こうしていれば、戦局は悪くはなかったはずだ…との語り方では
戦争擁護と受け取られても、仕方がないと思ったりもしました。

ゼロは、長い飛行時間を誇り、戦闘機の中の戦闘機でした。
そして、戦闘機乗りたちは、血気盛んな男たちでした。
井崎も、最初は、宮部の臆病と慎重…紙一重の態度に、
違和感を感じていたひとりでした。

ラバウルからガダルカナルへの560浬(約1000キロ)長期飛行をし
上空で戦い、戻ってくる。
そんな作戦に、大声で反論した宮部は、士気が下がると殴られます。
ガダルカナルは知らなくても、560浬は知っている…と。
ゼロで戦える距離ではない…というのです。
3時間、神経を研ぎ澄まして飛行し、10分戦い、戻ってくる。

宮部の3番機の小山も、宮部の下につくことに不満を持っていました。
原作の中での小山の扱いは、ほんとうに小さいのです。
なぜ監督は、小山にスポットを当てたのでしょう?

井崎は、出撃した日もトレーニングをかかさない宮部を見た人で、
宮部の「どんなに苦しくても生き延びる努力をしろ」をやり抜いた人であり、
最初は、宮部を潔しとしなかったのに、命の恩人と思うように至る人物です。
孫の健太郎が訪ねて行った時には、医師から宣告された余命を越え
生き延びていて、健太郎に語るために生き延びた
…と言っています。

小山は、ラバウルの戦いで還らぬ人となりました。
ガダルカナルでの戦いで、小山は活躍をし、3機での機関の途中
銃撃を受け、帰還は無理と判断した小山は、ガダルカナルへ引き換えし
自爆したいと言いました。
でも、宮部は「頑張って、帰還しろ」と言ったのです。
小山機は、ラバウルまでもう少し…とういところで、海に不時着。
小山は、ゼロの上から、宮部たちに白いスカーフをふりました。
頭から血を流していましたが、笑顔でした。笑顔の裏には覚悟が見えた。
戻れるかもしれない…その可能性は0ではない。そんな笑顔でしょうか。

小山救出に向かった仲間から、目標地点にフカがたくさんいたとの報告。
井崎は、戦闘機乗りらしく、自爆させてやれば良かったと宮部に言います。
この時代の若者の多くが、そんな思考を持っていたことに
驚愕し、悲しいと思いました。

井崎に、別の戦いで海に不時着し、9時間泳ぎ助かるという奇跡がおきます。
小山は、この井崎との対比として、登場させたのでしょうか。
「この飛行機を作った人を恨みたい」と宮部が言ったと振り返るシーンが
原作にはありました。わたしは、このセリフが大好きなのですが
映画にはありませんでした。見落としたかもしれませんが…

井崎は変わりました。小山もです。
小山は、自爆という”死”にではなく、泳ぐ事で”生”に賭けようとした。
走り続ける…誰かさんの受け売りのようですが、あきらめない強さを持つ。
晴れ晴れ…とは言いません。でも、きれいな、男の中の男の笑顔でした。
わたしも見習うべきだと思いました。わたしは女だけどね。

有名企業の会社社長になっている武田…
予備士官だった武田と出会った時、宮部は教官をしていました。
訓練中に亡くなった親友を、悪しざまに言う上官に、
宮部はくってかかる。彼は、りっぱな軍人だった…と。
上官にひどく殴られた宮部でしたが、その時から、予備士官たちは
宮部を守れるなら、守りたい…と思うようになったというのです。
原作を読んで、このシーンは、大好きなシーンでした。

急降下訓練をしていた時に、敵の攻撃にあうという事がありました。
敵に狙われた宮部をかばい、敵との間に突っ込んだ予備士官がいた。
宮部は、体制を建て直し、敵を撃墜。
体をはって宮部を助けた予備士官も、奇跡的に命を取り留めます。
彼に向かって「なんでバカなことをするのですか」と宮部は言うのです。
宮部という男は、予備士官たちの生きる希望の1つだったのかもしれません。
家族と同じくらいに大切な…

搭乗機乗りとしての武田のことは、あまり印象に残っていないのです。
原作には、現在パートで1番ありえないと思った男が
会長となった武田にかみつくのですが、そのシーンは映画にはありません。
「特攻隊は、心情的には、自爆テロのテロリストと同じ」
…と言う、新聞記者の男ですが、この男をオミットしたことで
武田と健太郎の姉の存在が、うすくなったと思います。

映画では、このセリフは、健太郎の同窓生に、合コンで言わせています。
テロリストもテロ行為も、絶対に許されるものではありません。
でも、彼らにも守りたいものがあったはずです。
そして、死に対して、残される家族のことも、たくさん考えたと思います。
本人にしかわからないことですよね。
作者がなにを思って、このセリフを言わせたのか…もう少し考えたいです。

そして。わたしが恋した(笑)景浦に、健太郎は、再び話を聞きに行きます。
最初に訪ねた時に、門前払い同様に追い返された健太郎ですが
その顔つきが、真剣なものになった…と、話を聞かせてくれる事になるのです。
健太郎が、自発的に動く。この流れ、すごくいいですよね。
彼もまた、宮部に、祖父の姿勢に影響を受けた一人という事ですね。

景浦は、宮部より少し後輩(なのかな?)の命知らずの戦闘機乗りでした。
敵を落とすことに喜びを感じ、空の上こそが生きる場所、
ここで死んでも悔いはない…と。
宮部は、模擬空戦(訓練の一環でしょうか?)を勝手に仕掛け、完敗。
死を覚悟するも、宮部に撃ち落とされることはなく、生き残った景浦は、
宮部の死を見届けるまで死ねない…と思うようになるのです。
言い方がおかしいかもしれないけど、
生きる目標を見つけたってことなのかな。

景浦も腕の良い搭乗機乗りでした。
特攻要員の予備士官に飛行技術を教え、特攻機を守る為に出撃する役目を
するようになります。
宮部も同じように、教え子たちの特攻機を守る役を何度も担い、
そのたびに失敗・・・自らの命をも削っていったのでした。

20年の夏、物語の主役たちが、九州に集まってきます。
宮部、景浦、彼らの生徒たち、宮部の命を助けたあの予備士官も。
できすぎてる流れな気もしますが
この時、宮部は、息はしているけど、生きていない、
彼岸に片足突っ込んでいる、そんな状態でした。
景浦が、予備士官の彼が来るのを待っていた…のかもしれませんね。

宮部は、特攻に出て、未帰還となります。
終戦の少し前…鹿屋からの特攻隊の最後のひとりとなったのです。
九死一生の修羅場をくぐりぬけてきた宮部でしたが、最後の最後に
十死零生の特攻に志願した。
ほんとうにそうなのでしょうか。

宮部は、妻の松乃とした約束を、最後まで守ろうとしたと思います。
腕がなくなっても、足がなくなっても、必ず生きて還る。
爆弾を抱いたゼロに乗り込んだ時も、九死一生の、一を信じて飛んだはず。

映画『永遠の0』は、60年の時を超え、届いた「愛」の物語 …だそうです。
少し時間をおいて、もう少し、愛について語りたくなってきました。
まとめられなかった…だけですけどね。

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