生きているだけでいい…『晴天の迷いクジラ』窪 美澄 新潮社 2012

人生は君が思ってるよりずっと短いよ。
自由に動ける時間は、もっとずっと短い。
きれいなものを見ると、あと何回こんなきれいなものをみられるかな
…と思ったりもする。
だったら。見たいと思うものは、なんでも見ればいい。
『晴天の迷いクジラ』を読んで、生きているだけでいいんだという事を
再確認しました。生きる事に疲れたら、そう…休めばいいのだから。

窪 美澄氏の作品を読むのは始めてでした。
4つの章からなる短編連作であり、最初の3編は、4つめの作品への
長い、長い助走のようでもあります。
主な登場人物は、3人で、3つの短編は、それぞれが主人公となっています。

ひとりめは、24歳の由人。
優秀な兄ばかりかわいがる母。兄は、少し体が弱かったからか
元看護士の母にとっては、面倒見がいのある対象でした。
それにひきかえ、父に似て、無口な由人。
兄は中学の頃から、引きこもりがちになり、
母の関心は、由人の上を通り過ぎて、妹へ。
妹は、中学で妊娠、母の目は、孫に向けられる事になるのでした。

専門学校でデザインを勉強し、小さなデザイン事務所に就職した由人は
殺人的な忙しさに、恋人と会う時間も取れず、家にも帰れない日が続き、
単純な、でも致命的なミスをしてしまいます。
この章のタイトルである、ソラナックスルボックスは、
由人が処方された2種の薬の名前です。
忙しい生活の中で、恋人にもふられ、心を病み、うつ病と診断されたのでした。

転覆寸前の会社をやめていく社員たち。
会社の備品も差し押さえられたらしいと聞き、会社へ向かう由人が見たのは
練炭で自殺を図ろうとしていた社長の野乃花の姿でした。

自分の周りから親しい人たちがいなくなり、仕事もなくなり…
物語の主人公たちは、大切な人やものをなくし、生きる気力もなくしていく。

第2章では、社長の野乃花の過去が語られます。
絵さえ描いていれば幸せだった天才少女の家は貧しく、絵を勉強したくても
美大への進学などできるはずもありませんでした。
担任の教師の旧友の息子が営む絵画教室に通える事になるのですが
絵を描きたいと思っていただけの少女は、絵画教室の先生と
男女の仲となり、やがて妊娠。

高校卒業を待って、結婚した男の父は、県議会議員をしていました。
18歳で子ども生んだ野乃花は、絵をあきらめて政治家への道を歩き始めた夫からは見向きもされず、ひとりぼっちで。
言う事を聞かないわが子を、やがて虐待するようになっていき、
いつか殺してしまうかもしれない…と言う思いから、義父の金庫から金を盗み
何もかも捨てて、家を飛び出すのでした。

そんなふうに自分が産んだ子を捨てられるのか…とか
野乃花がいなくなった後、子どもは、夫はどうなったのか、野乃花の両親は?
無責任すぎる。
野乃花は、持ち出したお金でデザインを学び、会社務めを経て、社長になる。
時代の波に乗り、最初こそ順調だった会社も、どんどん傾き、そして。

3つめの章、ソーダアイスの夏休みの主人公は、由人とも野乃花とも
全く関係ない場所で生きる高校生の少女、正子。
正子の姉は、生後7か月で亡くなっていました。
神経質になりすぎ、全ての危険から正子を守ろうとうする母の過干渉と
営業職の父の度重なる転勤で、友だちもできない正子でした。

正子は転校するたびに、街と友だちとの別れを繰り返してきたのですね。
そして。高校になってやっとできた友だち。クラスメートのエビくんと双子の姉。
姉の忍は、骨のがんを患っていました。
門限5時。男子といるだけで、妊娠を疑い、産婦人科に連れて行った母に
エビくんたちと会う事を禁止されてしまいます。
忍の提案で始めた交換日記に、少しずつ本音をもらせるようになった正子でしたが、突然、忍は亡くなってしまいます。
エビくんも、東京に引っ越して、またひとりぼっちに。

生きる気力をなくし、己の存在を実感できなくなった正子は
カッターでリストカットしてしまいますが、死にたいと思ってたわけではなく。
血が流れるの見て、少しだけほっとするのでした。
ちょっとわかる気がするな。自分を傷つけたい気持ち。

家を飛び出した正子は、由人と野乃花に出合い
「クジラを見に行くんだけど、行かない?」と誘われて、道連れになるのです。

正子の住む街の近くの湾に迷い込んだクジラ。
どうせ自殺するなら、クジラ見てからにしよう…
そう由人は言って、ふたりは、野乃花の生まれ故郷にやってきたのです。

正子を登場させたのは、どうしてかな…と考えました。
同じ年の友だちを亡くすという体験をした正子。
告別式への出席さえ母に止められそうになるし、父にも理解をしてもらえない。
両親がすぐそばにるのに、ひとりぼっち。16歳にして。
メイン登場人物の中で、1番、死にも生にも柔軟になれる存在だったから?

3人は、クジラを見に行った先で、親子として数日間過ごす事になります。

湾に座礁したクジラを、住民は追い出そうとします。
座礁したままのクジラは、このままここで死を待つだけだからです。
クジラが湾に迷い込んだのは、どうしてなのか…
耳が聞こえない?自殺をしようと思った?
でも誰にも、クジラの気持ちはわからないのです。
それは、人間同士も一緒なのかな。

野乃花たちは、クジラ担当の役場の職員、雅晴の家にお世話になることに。
雅晴はおばあちゃんとふたり暮らし。
このふたりも、家族や友だちとの悲しい別れを経験している事がわかります。
心を病んだ、雅晴の妹は、自殺をしていたのでした。
「死ぬなよ。絶対に死ぬな。生きているだけでいいんだ」
雅晴の由人へのこの言葉は、ものすごく心に響きました。
生きているだけでいい。
いや違うかな。生きなきゃいけないんだ、決められた終わりの時まで。

座礁していたクジラが泳ぎ出します。
そして、自ら海へと帰っていったのでした。

クジラ騒動の報道に映っていた正子を、両親が迎え来ます。
正子は、大騒ぎして、海に落ちたりもして。
やっと…自分のほんとうの気持ちを両親に告げました。
7か月で亡くなったお姉ちゃん。やっとその呪縛から解き放たれました。
変わろう、生きよう。
正子は目標、夢を見つけ、生きると宣言をするのでした。

生きるってかんたんじゃない。
死にたいと思うのも、生きたいから。

つぶれたと思っていた野乃花の会社も、瀕死の状態ではありものの
なんとかしようと支えと走り続けている社員たちがいました。
恋人をなくし、うつをわずらっている由人にも、
そして野乃花も、帰る場所、居場所が残っていました。

この3人がどうなるのか。それは語られていません。
3人は、それぞれ、生きるのがしんどい場所から逃げてきました。
その場所に戻るのか、戻るならば、少しは生きやすい場所に変えたい。
別の場所に行くとしたら、そこはどこなのか…

クジラを見に行った事で、なにかが劇的に変わりはしなかったと思います。
でも、そばに誰かがいてくれたら、
生きにくい世の中だけど、顔を上げて、前を向く事ができる。

3人は、前を向けたと思います。
一歩を踏み出すのはしんどいかもしれない。
でも。下を向いたままじゃ、進めない。
急ぐことはない。寄り道したっていい。
この本を閉じた時に、そんなふうに思い、心が少し軽くなりました。

3人の主人公たちの中で、年齢が1番近い野乃花の事が、1番理解できませんでした。
気持ちを寄せやすいのは、由人かな。

満天の星よりも東京タワーのほうが好き。安心します。
正子は言いました。
人が創り出した光のあたたかさ、人のあたたかさ。
それを知っていれば、生きていくことができるでしょう。

これからも、大切な何かをなくしながら生きていかなければなりません。
なくしたものが大きすぎて、歩き続けられない…と思ったら
また、この本を読んでみようと思います。

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