ずっと…という言葉の重み『私の男』桜庭一樹

いつか王子様が…
白馬に乗って、わたしを迎えに来てくれる。いつかきっと。
その王子様のために、わたしは悲しみを引き受ける。
それができるのは、わたしがあなたのおかあさんだから。
私=花の男=淳悟は、おとう(義父)さん…。
罪と呼んでしまうのは簡単だけど、そうさせない何かがありました。
直木賞を受賞した、桜庭一樹「私の男」
その何かを探すために、感想を書こうと思います。

この本を読みきった時に、物語を終わりにできない怖さを感じました。
第1章は、花の結婚前夜から始まり、淳悟の失踪までを描いていて。
第2章は、花と出会った将来の夫・美郎が、花にひかれていく過程を。
3章には、花の高校時代が、
次の章では、東京に出てくる前、北で生活してた頃
…というように、逆順で描かれています。
花が体中に溜め込んだ悲しみや罪を、新しいものから、剥ぎ取って
ひとつひとつ解説していく。そんな手法を取っているのです。

退廃感、けだるさ、あまくすえたにおいが全編を覆っていて、
読み進めるうちに、息苦しくてたまらなくなってくるのです。
花は、生まれてから、淳悟が迎えに来てくれるまで、ずっとひとりでした。
父も母もいた。兄と妹もいた。
でも、その家に、花の居場所はありませんでした。

1993年。島を地震が襲います。
「花、生きろ!」
家族が次々、津波の飲み込まれ、ひとりぼっちになってしまった花。
避難所では、生き残った事を嘆く人たちの涙でいっぱいでした。
絶望の淵で膝を抱えていた花を、淳悟が見つけ出してくれるのです。
淳悟と花は養子縁組をして、親子になります。
そして。親子になりながら、人と獣の境界線をも越えてしまうのです。
9歳の花の中に、神聖化した母を見ていたようですね。
花は、淳悟を受け入れます。
おとうさんは、子どもになにをしてもいいのだから…と。

冒頭の文章「いつか王子様が…」は、物語を読み進めていくうちに、
わたしの頭の中で響きだしたフレーズです。
花が、王子さまに助け出されるのを持っていたかどうかは、わかりません。
でも。あの場所から救い出してくれた淳悟とは、骨になっても離れない。
この手を、ずっと離さないだろう。
花のそんな決意で、この本は終わっています。
でも。そこに生きる花と淳悟の人生は、そこから始まるのです。
この繰り返し感、終わらない感じが、すごく怖い。

桜庭一樹の世界にとらわれたという事かもしれません。

親子になったふたりは、夜毎、おとなと子どもの立場を入れ替えつつ
関係を続けます。
花は、9歳の時から、淳悟の悲しみを受け止め続けるのです。
街の実力者でもある大塩さんは、そんなふたりの関係を察知します。
淳悟と血のつながった娘である事を、花は、はじめから知っていました。
親子であること。それ以前に、おとなと子どもの間では赦されざる行為。
ふたりを引き離そうとする大塩さんを、花は手にかけるのです。

越えてはいけない境界線。淳悟はわかっていたのでしょうか。
承知した上で、越えてしまったのでしょうか。

罪のために重ねてしまった罪から逃れるため、
淳悟と花は、北の町を離れ、東京で新しい生活を始めます。
逃げたのに、大塩さんの死の真相を察した刑事が、訪ねてきます。
人には人は殺せない。殺人者は豚だ…
「1度も2度も同じだ」
淳悟は、その男のことを、包丁で刺します。
手を汚すのは1度めなのに。最初は花だったのだから。
淳悟にとって、花は娘と言うよりも、もうひとりの自分だったのかもしれませんね。

狂気としか言いようもない。さもなければ、人ではなくなってる…としか。
死体を押入れに隠したまま、ふたりは、そこで生活を続けるのです。
殺人を犯した時の、自分が手にかけているのではないかのような
振舞いも、おそろしいけれど。

花はいつの頃からか…このままではダメだと思い始め、
淳悟から離れるきっかけを探し始めます。
でも。ほんとうは離れられないとも思っていました。
新婚旅行から戻ってくると、淳悟は消えていました。罪の証拠の死体とともに。
「俺たちは、二人きりでずっと逃げているんだ」
淳悟の言葉が蘇り、また、花を縛るのです。
淳悟の悲しみと罪までも奪い、体中にまとって生きてきた花には、
それ以外の生き方を見つけることができないのかもしれません。

親を愛し、自分を愛し、子どもとして愛し、男として愛した。
愛する男のために人を殺し、自分のために殺人を犯してくれた男から
すべてを奪いつくして、生きてきた。
花のように生きたいか?そう問われると、答えに窮するが、
「私の男」としか呼びようのない誰かに出会えた事は、うらやましいと思う。

愛のカタチを、パターン化することなんてできない。
だから。どんな愛であっても、タブーに触れる愛であっても
他人にそれを咎める権利はないのだと思う。

桜庭一樹をもっと読みたい、そう思う1冊でした。
私の男

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