千里眼、才能、そして自由『赤朽葉家の伝説』

赤朽葉家は、製鉄業で財を成した、山陰地方の旧家です。
戦前戦後、昭和、平成の時代に生きた、赤朽葉家3代の女性の物語です。
この本を手にとられた方は、赤朽葉の装丁に、はっとされる事でしょう。
千里眼奥様と呼ばれた万葉、不良少女から漫画家へ転進した毛毬。
そして。本書の語り手でもある、何者でもない…瞳子。
3代の女性たちを取り巻く一族の、不思議で、謎めいた物語です。
『赤朽葉家の伝説』 桜庭一樹 東京創元社 2006

伝説というタイトルと、1部のサブタイトル「最後の神話の時代」から
ずっと昔の物語なのかと錯覚しましたが、戦後の話でした。
語り手・瞳子の祖母、万葉は、万葉は、よく不思議なものを見ていました。
未来や、遠くの地で起きている物事を見る能力を持っていたようです。
辺境の人(山奥に住む人々)に置いていかれた子どもだった万葉は、
多田家の若夫婦に引き取られて、子ども時代を過ごしますが
大柄で、里の人たちとは違う風貌、読み書きを覚えられないなどの理由で
いじめを受けていました。

10歳の夏。万葉は、空飛ぶ男を視ました。
枯葉色の服を着た中年の男には、右目しかありませんでした。
いつかこのひとと知り合いになる。。。
この男の姿を見た時に、万葉は、自分の千里眼を自覚したのです。

当時(1953年頃)、鳥取県紅緑村には、製鉄業を営む赤朽葉家と
造船業を営む黒菱家の二つの大きな家がありました。
万葉を率先していじめていたのは、黒菱家のみどりでした。
みどりには美しい兄がいました。シベリアに抑留され、なかなか帰国できず
やっと戻ってきた時には、精神を病んでいたのでした。

10歳の時、万葉は、赤朽葉タツと偶然会い、
「大きくなったら、家の嫁に来なさい」と言われます。
名前も知らない少女に、息子の嫁になれという。不思議としか言いようがない
戦後の世に、戸籍がなく、正確な年齢がわからなかった万葉。
現代(2007年)からたった50数年前の話だなんて。。。

それから7年後の雨の午後。万葉は赤朽葉タツの息子、曜司と出会います。
曜司は、会った事もなかった万葉と結婚する事を承知しているようでした。
赤朽葉タツの存在が、この物語に霞をかけ、伝説化しているのかな。
万葉は、また未来を視ます。
桜吹雪。曜司の首がちぎれて、どこかに飛んで行く姿を視たのです。
みどりの兄の最後も、夢に視ます。
みどりには、兄の最期を視たことを告げられぬまま、月日は流れ…

万葉が夢で視た通り、みどりの兄は、生前の面影を残さぬ方法で
自死します。走ってきた電車に飛び込んだのです。
みどりに呼び出された万葉は、彼の遺体を、みどりとともに拾い集め、箱に入れ、
彼の最後に願いだったトコネン草を燃やし、辺境の人に知らせました。
当時。若者が不慮の死を遂げると、紫のトコネン草を燃やして、
辺境の人を呼ぶ習わしがありました。彼らは、死者を箱につめ、弔いをし、
山奥の谷に箱を捨てに行く・・・そう言われていました。
兄の弔いを手伝った日から、ふたりは親友になっていくのでした。

万葉は、赤朽葉家に嫁いだ後も、千里眼の力を発揮します。
長男を出産した時には、その子の最期の姿を視てしまうのです。
始まったばかりの我が子の死も見てしまう。
結婚する前に、夫となるひとの最期も視てしまったように。

万葉の子どもには、戸籍の名前とは別に、姑タツがつけた名前がありました。
泪、毛鞠、鞄、そして、孤独。
長女の毛鞠は、高校時代までは、レディースのヘッドとして
山陰地方には敵なしとまで言われていましたが、親友の死も経験し
高校卒業後は、漫画家に転進します。
レディース時代の体験をもとにした漫画を12年間も描き続けるのです。
その間に、兄の泪が夭折。跡取り娘となった毛鞠は、婿養子を迎え、
一人娘の瞳子を出産します。
12年間の連載の最終回を書き上げた直後、過労死するという
普通の人には体験できないような、太く短い人生を生きたのでした。

ふたりの子どもに先立たれた万葉は、いまわの際に
「自分は殺人者であった」と言い残します。
伝説の最終章は、祖母・万葉に殺された人物を探し、赤朽葉家の血縁、
知人たちの足跡を辿る、瞳子の物語です。
千里眼でもなく、才能もない、何者でもない瞳子が、少しおとなになる。
それは、伝説の終わりも意味していたのかもしれません。

桜庭一樹という作家の、なんとも言えない謎が謎を呼ぶ筆致に
ぐいぐい引き込まれて読みました。
赤朽葉家という不思議な一族の、鮮烈な生き様。赤く色づいたまま朽ちる
その家の名にぴったりの生涯に釘付けになりますよ。
千里眼の万葉、辺境の人たち(定住せず、戸籍もないと言われている)
戦後の高度成長期までは、そんな謎めいた話しが、日本中のどこにでも
あったのかもしれませんね。
3人の女性たちは、自分の生を精一杯、生き抜きました。
瞳子につけられるはずだった名前は、自由でした。
自由。今を生きる何者でもない人が、望めば得られる、最高の贅沢ですね。

平成の世の中にも、こんな御伽話のような物語がきっとあるんだろうな。
そんなふうに考えると、生きてることが楽しくなってきますよね。
擬似千里眼体験(?)も楽しめたし、おもしろかったです。
おススメですが…寝不足注意の1冊です。

赤朽葉家の伝説

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