ゆっくりでいい…『あなたの呼吸が止まるまで』島本理生

お母さん、わたしの手はそんなに汚れてる?
なんでだろう。一生懸命、洗ったよ。洗ったけど、落ちない…の
手がきたないから?だから、わたしをおいて行っちゃうの、ね、お母さん。
お母さんが家を出てから、朔は、舞踏家のお父さんと二人暮らしです。
12歳。自分のことだけに一生懸命になっていればいいのに、
朔は、家のことをしたり、お父さんを心配したりしていたので、
みんなより早く…歪んだおとなの世界を見てしまうことになるのです。
『あなたの呼吸が止まるまで』島本理生 新潮社 2007

最近。すごく気になる作家のひとり、島本理生氏の長編です。
朔のお父さんは、帰りが遅くなる事が多かったので、
そんな日は、ラジオを聴きながら、物語を書いて過ごしていました。
『ノルウェイの森』や、お父さんが持っていた漫画を読んだりする朔は、
クラスでは浮いてる存在で、友だちは、転校生の鹿山さんくらい。
鹿山さんは、思った事をそのまま口にしてしまう少女で、
すぐ手が出る、暴力的なところもあり、猛犬と陰口をたたかれていました。

朔は、鹿山さんのことを「鹿山さん」と呼んでいるんですよね。
ちゃんづけや、呼び名で呼んだりもしない。
子ども同士の、小学生らしい付き合い方が、わからないのかも。
一歩踏み込んで、親しく付き合う事で、傷つきたくないのかもしれない。
同時に。たとえ好きじゃない子からも、嫌われたくない…そう思ってもいた。
少しだけ、わたしの小学校時代に似てる気がしました。
友だちとの距離感がわからなくて、輪に入れなかった。
どんな言葉が、その子を傷つけるのかわからなくて「おとなしいね」してたあの頃

朔にも、気になる男の子がいました。茶色の目のおとなっぽい田島君。
雨が降れば、傘に入れてくれたり…
夏休みに入ったある日。朔と田島君は、子猫を拾います。
飼ってくれる人が見つかるまで、ふたりは、田島君の部屋で猫を飼う事に。。
田島君のやさしさと強さにふれて、田島君と一緒にいると
自分がしっかりしなきゃ…って思わなくてもよいことに、幸せを感じるのでした。

長期出張中だった、田島君のお父さんが、帰ってきます。
田島君のお父さんは、極度の動物アレルギーで。
こねこは、捨てられていた場所に、また捨てられてしまうのです。
それも。朔の旅行中に。。。
最初「パンダさん(こねこの名前)は死んだ」そう言った田島君。
それは、やさしさ?それとも、うしろめたさ?
朔は、パンダさんを探しますが、見つかりませんでした。

田島君なんて、ちっともカッコよくなんかない
その日から、朔は、そう思うようになります。
この本を読み始めた時、小学6年生なのに、朔があまりにも大人っぽくて
少し違和感がありました。
朔の心の鎧、強がりが、島本氏が描く文章に流れ出ていたのですが
わたしには、読み取れなかったようですね。
でも。この田島君への気持ちの変化は、12歳っぽくて、なんか安心しました。

その頃から。朔は、20歳年上の佐倉さんという男性のやさしさに、
なんとなく寄りかかるようになっていきます。
田島君は、鹿山さんのことが好き・・・みたいだし、カッコよくない。だから…

追悼公演の準備で、お父さんが、朝まで帰ってこない日がありました。
良くない妄想に押しつぶされそうになって、朔は、佐倉さんに電話をします。
そして。訪ねた佐倉さんのアパートで
一生の心の傷となってしまうような、ひどい仕打ちを受けるのです。
また汚れてしまった手…
洗っても洗っても、汚れてしまった感触は、ぬぐえない。

佐倉という男は、人間としても最低です。
弱った子どもを、親切なふりして、なぐさめるかのようなふりをして、
ますます傷つけたのですから。
「誰でもいいから愛されたいという顔で、大人みたいな口をきいて…」
朔は、確かに、そういう少女でした。
「今さら子どもだと言うのは卑怯じゃないか」
卑怯?大人みたいな口を聞いていたとしても、子どもなのです。
守られるべき存在なのです。

おとなから傷つけられた朔…そんな彼女に、
鹿山さんが、朔のことを心から友だちだと思っていること、
最近の朔が、大人と仲良くしていて、寂しかった事などを話してくれます。
鹿山さんの強さはにせものじゃない。
彼女のように強くあれたら、誰かに寄りかかろうなんて思わなかっただろう。
そしたら。あんなひどいおとなヤツにつかまることもなかったのに

お父さんも、朔が辛い目にあったことに気づいていました。
お父さんが言った言葉は、朔だけじゃなく、読者へのメッセと受け取りました。
体の声に耳を傾けて、体にも心にも気持ちがよくて正しいものを選んで。
いったん選んだら、堂々として、それを信じてあげるんだ

朔は、田島君に秘密のお願いをします。
電話をする自分を、見ていてほしいと。
田島君に見守られながら、朔は、佐倉に電話をしました。
そして。毅然とした態度で、言いました。
物語を書く人になって、佐倉さんとの事を書きます。
読んだ人に、それが佐倉さんだとわかるように…と。
絶対にあなたを許さないから。そう…あなたの呼吸が止まるまで

誰に電話するのかも、事情も聞かずに、見守ってくれた田島君。
「また明日」
また…って挨拶が嫌いでした。その”また”が、本当にまたあるかわからないから
でも。朔と田島君。朔と鹿山さんを見てると「また」を信じられる。
「また」を信じられる出会いが、わたし自身にもあったから。

急いでおとなになることなんかない。
おとな・・・も、急いで年を取らなくていい。
そう。ゆっくり。ゆっくり・・・で。
そんな事を思った1冊でした。

あなたの呼吸が止まるまで

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