このまま・手をつないで、霧の向こうへ

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zoom RSS 3月11日2時46分。

<<   作成日時 : 2011/03/14 22:30   >>

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地震がおきた瞬間、わたしは、帝国劇場にいました。
ひとつ前の記事にも書きましたが、1幕と2幕の幕間の出来事でした。
隠れ家blogにも、ファン目線をのぞくほぼ同内容の記事をのせていますが、
あの日の事を覚えていたいので、ここに書き残したいと思います。
携帯投稿のため、読みにくいです。

3月11日は、言わずとしれた光一さん主演舞台SHOCKの800公演でした。
そして。わたしの結婚記念日でもありました。
初演から12年間、記念公演を見られた事はなかったけど
今年だけはぜひ見たいと思い、チケットを探していました。
お譲りいただけた時には、ほんとうに嬉しくて。感謝でいっぱいでした。

幕間、化粧室に行ってから、自販機でコーヒーを買って飲みました。
去年も行われた、ABCZの公演がクリエで行われる事が決まったそうで
そのポスターをのんびり眺めながら。

2幕開演の7,8分前に席につきました。
この日のお席は、2階席G列下手側サブセンターブロックでした。
席についている方がすごく少なかった事を覚えています。
同ブロックのG列にはわたしだけだったし

帝劇の鐘が鳴り響き、5分前を知らせた直後でした。
第一波は、ほんとうに大きくて。
そして、とても長い時間ゆれ続けた・・・そう感じただけかもしれませんが。。。

席を立って出て行く方たちがいます。
H列にいらしたひとりの方は、神戸の震災を経験された(?)ようで
建物の外に思わず出たくなる・・・と言っていましたが、
別の方に「係員の指示を待った方が」と言われて、腰をおろしたようでした。

パニックが1番怖いです。
自分がパニックになることが。。。
どうすればいいかわからなくて、わたしも、椅子に深く座りなおしました。

天井に設置されたフライングのための装置が、かちゃかちゃとすごい音をたてて
揺れていました。曲がったり、落ちたりしないだろうか。。。
金属音に泣きたい気持ちになりました。

舞台装置の名前がわからないのですが、Endless以前のSHOCKの時に
契約書がするすると吸い込まれいった小窓のような場所(覚えてますか?)
上手、下手両方にあるのかな?そこが、パタパタとゆれていました。

大きな揺れが収まると、係員の方に「外に出てください」と言われました。
ロビーへ、そして、劇場の外へ。
コートを着ていない方もいらっしゃいました。
その時に、場内からため息のようなものが聞こえました。
今日の公演中止のお知らせがあった…と、外の係員の方が伝えてくれました。

わたしもそうでしたが、その時には、こんなにも大きな地震である事は
誰もわかっていなかったと思います。

日比谷公園に向かう間も「800公演だったのにね」と言ってる方もいました。
「幕間でよかった。ほんとうに帝劇の神様に守られてるね」
わたしも、ほんとうにそう思いました。
舞台に立ってる方はもちろんですが、観ているわたしたちにとっても。

そして。丸の内警察署の方の先導で日比谷公園に避難をしました。
そこから見える景色は、不思議なものでした。
倒壊したビルはひとつもなく、車は普通に走っています。
でも。携帯は全くつながりません。
わたしは、夫にメールを打ちました。
「地震があったので、今日の待ち合わせに遅れるかもしれない」と。
その日は、地元のフレンチレストランで食事をする予定になっていました。

地震が起きてすぐの時には、情報が全く入っていないせいもあり、
そのくらいの気持ちだったんですよね。ほんとうに楽観的でした。

冷たい雨が降り出したので、東京国際フォーラムに移動することにしました。
昼食を食べていなかったので、おにぎりとパンとオリスタを買いました。

JRが早々に全面運休を決め、京成電鉄の運休が決まり、
その日は家に帰れない事が決定しました。
どうしたらいいのかわからず・・・先ほどのコンビニに行くと、パンやおにぎり
ラーメン、スナック菓子はほとんどありませんでした。
はじめて、こわい・・・と不安になりました。

国際フォーラムの展示ホールが避難所になる事を知り、そこへ。
相方には、避難所に泊まるとメールを入れ、
その前後にも、メールくださった方にお返事したり、つぶやき書き込みしたり。
このひとつ前の記事のメール投稿もしました。

お友達と観劇する事がほとんどなのに、この日に限って、ひとりぼっち。

そんなわたしに、隣の男性が声をかけてくれて
ダンボールなどもわけてくださいました。父くらいの年齢でしょうか。
話をすると、同じ千葉の方でした。

幸いだったのは、話しかけてもらえて、少しでも話せたこと。
電気が落ちなかったこと。暖房も入れてくれていました。
携帯電話の充電器を持っていたので、メールで連絡が取れました。

次の日の早朝。夫と実家の母とも携帯がつながりました。
夫が義父母にも連絡をとってくれたとのこと。
そして。朝7時にはJR線も動き出す…との情報が入りました。

母との電話を終えた時に、ふたりづれの女性が話しかけてくれました。
その方たちも、帝劇で地震にあった・・・との事でした。
わたしが母に、SHOCKを観ていたと話していたのが聞こえたようでした。
おふたりのどちらか…がチケットが当たったと言っていました。

「もう2幕は観られないのかな」
ひとりの方がおっしゃいました。
SHOCKの1幕の最後は、とても悲しいシーンであるけれど
コウイチは、遣り残したことと成し遂げる為に戻ってきますよね。
だからこそ、あのシーンをお話しの流れとして、受け止められるようになったのに。
あの日、わたしたちは、戻ってきたコウイチを見る事はかないませんでした。

同じ場所にいた方たちと話せた事も、ほんとうに力になりました。
ありがとうございました。

11日から14日まで、SHOCKは休演が決まっています。
その先の事はわかりませんが、早めの決断をしてほしいなと切に思います。

3月13日の公演が(一旦)決定した時には、
こんな時だからこそ、ファンの人たちにとっても希望になれば…と思いました。
でも。その後の公演中止とそれにかかわるいろいろな事を聞き
自分自身が、どう思っているか…よくわからなくなりました。

7時少し前に。男性のお礼を言って、帝劇にいらした方には
「また会いましょう」と見送られて、避難所を後にしました。

あの時、あの場所にいた方たちのことが、ずっと気になっています。
無事、お家へ戻れたでしょうか。

M8レベルの余震があるかもしれないと言われています。
計画停電は、わたしの住む町は、今日は0停電でしたが、
明日以降はどうなるかわかりませんが、
落ち着いて行動したいと思っています。

下を向かないように。
今のわたしのShow must go on.は、落ち着いて、前を向いて生きる事かな。
情報を収集して、デマに惑わされず、パニックにならないようにする事。

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あれから6年、今日この日にありがとうを。
2011年3月11日、14時46分、てるひは帝国劇場にいました。 この記事を書くために、11年3月の記事を読み返しました。 SHOCKタグの記事、めっちゃ書いてたなぁ(笑) あの日を振り返り、2017年3月11日を迎えられた喜びを綴ります。 体調のことにもふれています。 ...続きを見る
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2017/03/11 21:59

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