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zoom RSS 2004年のSHOCKとMASKショーについて…とか。

<<   作成日時 : 2011/03/05 12:34   >>

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帝国劇場が100歳になったその日、上演されていたのは、
堂本光一さん主演のEndless SHOCKでした。
3月1日が終わりを告げた瞬間に放送された、NHKのニュースでも
帝劇100周年の1日をコンパクトにまとめて、放送してくれました。
翌朝のWSでも…
その中で、自分を激しく責めたい(笑)光一さんの告白もありました。
2004年に入院していたというあのくだりです。。。

てるひが、ここで駄文を書き始めたのは、2005年の5月からなので
2005年以前のSHOCK感想メモは、どこにも残してはいません…
1か月公演で、幸運にも2回、観劇する事ができたのに
あまり覚えてないんですよ…2004年のSHOCKのことを。
自分を責めたかったのは、その事なのです。

2004年。 Shoking SHOCKは、2月1か月の公演でした。
義弟は翼くん。
義姉さんは…ナオさん。フルネームはパンフで確認しないとわからなくて。
光一さんは、この年もコウイチと光兄さんの2役を演じていましたよね。

ショー・劇「SHOCK」 Shoking SHOCKの目玉(?うり?)のひとつは、
9種(だっけ?)のストレートプレイから、観客にやってほしい演目を選ばせる
…と言うものでした。
9種の中には、おなじみのハムレット、リチャード3世、和物もあったような?

観客に選ばせる…と言っても、光一さんと秋山くんの巧みな話術により
わたしたち観客は、演目を選ばせられていた気がします。
1か月間で選ばせられた(笑)演目は、3つだけでした。
リチャード3世、ハムレット、そして、白鯨。
てるひは、そのうち、リチャードとハムレットの回を観劇しました。

この年の、もうひとつの…真実の目玉が階段落ちでした。
そう言えば…階段落ちした距離を数えていた新聞がありましたよね。
初めて階段落ちがSHOCKに登場したのは、2002年の6月公演でした。
当時は、落ちていたのは光一さんではなくて、スタントの方でした。

2002年6月は、1幕のショーに、MASKや弁慶、竜神など…Kyo to Kyoでも
演じられていた演目がくわわって、キャーキャー言っていたので(苦笑)
階段落ちは、そう言えば…あったような?しか覚えていないんですよね。

2003年、義弟は斗真くん。
この年も、弁慶コウイチが階段落ちしたけど、
マスクで顔をかくして、スタントの方と入れ替わっていました。
奈落へ落ちたコウイチが、ステージに這い上がってきて
心配するメンバーに「兄貴が守ってくれた」って言ったんだよね。
このセリフが印象的でした。

ただ…記憶力が悪すぎて悲しい限りですが、
この「兄貴が守ってくれた」のセリフが、2004年にもあったのか…
覚えていないんですよね。

2003年のMASKショーは、光一さんのパフォーマンスではありませんでしたね。
途中、光一さんと入れ替わり、MASKをつけて登場したのは、峰くんだっけ?
そして。最後の1枚のMASKを取ると、そこに立ってるのは光一さんでした。
影武者さんは、白の靴をはいていたけど
最後にMASKを取り、歌とダンスを披露するコウイチは、黒い靴でした。

MASKも光一さんがするようになったのは、いつからだろ?
少なくとも、Endless SHOCKではしてるけど、2004年はどうだっただろ?
思い出せないので、わかる方、教えていただけると嬉しいかも。

そうそう。メールフォームからお声を寄せてくださったRさんは、
MASKショーがお好きだったそうですが、
和傘フライングが登場して、コウイチは仮面をつけかえなくなった覚えが…
女性ダンサーさんが、MASKショーしてました。
その時「コウイチは死者だから、もうつけかえるMASKがないんだなぁ」
そんな風に思った記憶があります。

脱線しまくりましたが、2004年のSHOCKの話をしてたんだっけ…
2002年6月と2003年は、スタントの方がしていた階段落ちを
光一さんがする…
「階段落ち」は、蒲田行進曲の印象が強く、とても危険なもの。
そう思ってたので、余計なお世話でしょうけど、心配でした。

しかも。帝劇100周年の日の光一さんのお話では、
リハーサルの時(フライングの?)頭を強打して、入院。
病院から劇場に通っていたそうで…
このエピソードを披露したのは、帝劇の不思議な力、できないと思われるような事も、できてしまう劇場だ…と言いたかったのでしょうけど。
正直、かなり衝撃を受けてしまいました。
そんな状態で、フライングも階段落ちもしてたんですか…

しかも。チケットを見直したら、初日の翌日を観劇していたのです。
病院からのご出勤だなんて…全く感じさせない、凛とした座長でした。
これも量子力学かな。
アクシデントを知っていたら、そういう目で、コウイチを見ちゃいますもんね。

帝国劇場に愛されてるね、座長は…
不可能だと思われる事に、どーぞチャレンジしてください。
そう言うしかないですね、座長のファンとしては。。。

ラダーで2階席に立つパフォーマンスも、リハでは、1度も成功しないまま
初日を迎えた…そんな話をしてくれたことがありました。

2004年の入院があったから、劇場に住むという神様を信じ、自分自身を信じて、
見えないなにかをつかむため、ショーに突き進むことができると
光一さんは、確信したのかもしれないですよね。
このアクシデントから、翌年からのEndless SHOCKにつながった記念すべき年。

帝国劇場には、不可能を可能にする力がある。
不可能は言いすぎかな…
光一さんは、帝劇お誕生のご挨拶で「おめでとう」の拍手を送りながら
そんな話をして、内くんにも同意を求めていましたよね。

内くん、ちょっとあせっていたのは…急にふられたからなのか
帝国劇場のステージに、光一さんのようにたくさんは上がってないからなのか…
光一さんから見た内くんには、帝劇に力がもらえる素質があるって事でしょうか。

この発言を胸に、次回観劇では、
オンの先に見えるもの…についても考えたいな。

観るたびに、新しい発見があり、新しい事を考えたくなる舞台。
SHOCKも進化しているけれど、SHOCKを観るわたしたちも進化させてくれる
そんな舞台ですよね。

前回のSHOCK観劇日記は、泣き言のような内容でしたが
たくさんの方にお読みいただき、ほんとうにありがとうございました。
今回の記事も、全く内容がないよーですが、最後までお付き合いくださり
どうもありがとうございました。

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